Breaking the Relation

2020, installation

sound design: Yoshiki Masuda

「別れ話」には入り口が二つある。向かって左側には明るい空間が、右側には暗い空間が続いている。

左の、奥にすこし細長い部屋に入ると、白い明かりで右手側の壁が照らされている。床は緑のリノリウム。壁にはA3の紙が7枚、目線の高さに横並びで貼られている。内容は〈戯曲〉だ。13のチャプターに分かれていて、それぞれごとに大きく数字で番号が振られている。手前から順に読む。

戯曲の登場人物は二人。口調も性別も区別がつかないうえ、名前もないので、そのときどちらが喋っているか会話ごとの判別はむずかしい。舞台はラブホテルの一室で、建物の周りに「水が迫って」きているという。洪水のなかで、二人はラブホテルに篭城しているのだ。外からときどき、不気味な声が聞こえる。

窓の向こうに途方もない量の水が広がっている。波は近くまで来ては去り、来ては去りを繰り返している。ときにじっと止まったりするが、また繰り返す。
:聞こえない?
:外の音?
:それだけじゃない……起きる前からずっとこれ、気がする
:寝る前から?
:そう寝る前から、というか、波の音に混じってずっと
:声かな
:うん、声に聞こえる。いま思った
:ほんとうだ、ずっと聞こえていたね、混じって、この声
:いや
:なに
:波の音なんて本当に聞こえる?……この音、声じゃないかな、いくつも重なって、波みたいに聞こえる
それらは、来ては去り、来ては去りを繰り返している。そのたび声を残していき、それらがまた戻るときにも残響はあって、さらに声が重なる。それらはそれをまた 自ら聞いている。

戯曲の記述は、二人の様子だけでなく、部屋の造りや、散在する食べ物、飲み物、アメニティなどにもわたる。二人から見えていない、気づいていないことも描かれる。浴室の様子、水分の蒸発、鏡のなかにふと映るもの、恒星シリウスの様子。

後半、二人は紙を取り出し、うち一人が「戯曲」を書く。もう一人は「詩」を書く。

〈戯曲〉の部屋よりさらに奥の部屋がある。二つの部屋を繋ぐ通路に、壁が立ちはだかっていて、奥の部屋には、その壁を迂回して入る。その壁には、大きな紙が掛かっており、〈短歌〉が17首並んで刷られている。「詩」だ。

しろたえのピロートークに疲れはてしないまどろみ罹災のふたり
冠水の三階階下累々とヘッドボードに游ぐ避妊具
レスト・イン・ピース、ステイ・アト・ここで みなそこに耀える部屋パネル
拝借の「SIRENE」印マッチ擦る する 点かなくて する 湿気てる
うすかべに海鳴り、地鳴り、鳥、セイレーン、ん、喘ぎ、黙、目、耳在り

これの内容も、洪水のなかに浮かぶラブホテルのようだ。〈戯曲〉と一致する内容もあれば、食い違ったり、片方にしか書かれていないこともある。たとえば、〈戯曲〉のほうにセックスは描かれていない。〈短歌〉のほうにはSMプレイのような描写もある。また〈短歌〉では、外から聞こえる声は、「セイレーン」と呼ばれている。

さて、奥の部屋は暗室で、映像が流れている。短歌が刷られていた布と同一のものが壁に掛かっており、それをスクリーンに投影されている。音声はなく、字幕のみ。内容は三人の人物の会話のようで、「con」と題された6つのチャプターに分かれている。「❤︎」「♦︎」「♠︎」の三人の言葉が、それぞれ赤、黄、白い文字で流れる。

三人の話題は件の短歌だ。つまりこの会話は〈歌会〉なのだ。三人は、一首ずつとりあげて、ああだこうだと「解釈」をあげつらう。歌に描かれているイメージ、引用元。それぞれリテラシーには差があるらしく、言葉遊びの解釈が分かれるときもある。そのとき話題にあがる一首一首が、明るくハイライトされる。

この部屋に入ったとき、安いバターの香りがする。映像の正面に据えられた長い腰掛けの近く、開封されたポップコーンが椅子の上に置かれている。

いきかけてこえないくらい水際をせめてこえかえして リフレーン

右の、広い部屋では、中央のインスタレーションを、パイプ椅子が点々と囲っている。床は黒い。黒い床に、白い線で間取りが描かれており、そのエリアがインスタレーションだ。

間取りは、ラブホテルの一室の間取りだ。玄関、廊下、浴室、洗面、そしてベッドルーム。ベッドルームだけ、床の間取りに加えて、壁と天井を示す白いフレームが立っている。まるで、空間のなかに線で直方体を描くように。ベッドルームには二つ、赤とオレンジの照明が吊られている。間取りより外には青い照明が、部屋全体の手前と奥にひとつずつ吊られている。

べッドルームにあたる空間にはさまざまなものがある。

まず「ベッド」。本物のベッドではなく、木で作られた枠に白い板を張っている。大きさはキングサイズで、ゆうゆう二人横になれる広さだ。それだけでなく、赤いビーズクッションが二つ置いてある。「ベッド」の足側正面には「テレビ」がある。真っ赤な柱が直立しており、そこに大きなディスプレイが掛かっている。柱には装飾がある。それは、かつて海上で、航行に危険な水域を示していた標識、澪標(みおつくし)に似ている。斜めにクロスした赤い形状は、どこかSMの拘束具をも思わせる。

頭側には、大きな鏡がフレームから吊られている。つまり、鏡と「テレビ」は、ベッドを挟んで向かい合っている。「テレビ」に映るのは二種類の文字だ。ふつうに読めるものと、鏡文字。鏡文字なので、鏡越しに見れば、正位置になる。正位置と鏡位置、二種類の文字は、会話をしている二人にそれぞれ対応するらしい。

どうしましょうかね
なに
その敬語
いや
敬語って
関係よね
関係だね
ちょっと外見る
寒い
すぐ
暗いなあ
あなたが深淵をのぞくとき
なんとかかんとか
また
そういうよく言う
のぞいているのだ
エッチだな
二人の声を聞くことができます
二人の声を聞くことができます
すけべって言うほうがなんたら

会話は、無音で続く。会話を追うためには、「テレビ」と鏡とのあいだで首を往復すると良いだろうが、それは存外に疲れるし、なんだかんだ、どっちがどっちかわからなくなってしまう。ときどき、二人の声ではない言葉が入り込んでいる気がする。22分ほどの会話が終わると、ベッドルームの照明は落ち、空間は青一色になる。「テレビ」はゆっくりと、寝息のようなリズムで、白黒の点滅を始める。

ベッドルームには他にもいくつかものがある。

「ソファ」は「ベッド」とほぼ同じ構造だが、少し高さがある。天板の下にはウレタンが仕込まれており、座ってみると体重で沈む。その前には「テーブル」があり、小物が載っている。ガラスの灰皿、割り箸、缶詰、ナッツとドライフルーツのパック、飲みかけのペットボトル。「ソファ」と「ベッド」の間にはくずかごがある。テーブルの近くには、窓ガラスのような透明色のやや厚いアクリルが、洗面の位置には、ここにも鏡が吊られている。

浴室には、二枚を直角に組み合わせた白い板が、浴槽の位置に置かれている。

白い間取りのうえに立てたれた、仮想のラブホテルのインスタレーション。その周りに、パイプ椅子が置かれている。7脚、2脚、6脚、1脚、3脚のまとまりで散らばっており、二列になる場合は後列が台に乗せられる。ベッドルームの正面、手洗いのところに置かれたパイプ椅子は、「テレビ」の鏡文字が「ベッド」頭上の鏡にちょうど映って見える位置だ。どの椅子もインスタレーションに正対しているが、隅の3脚だけは、丸テーブルを囲んでいる。

空間には不気味な音が鳴っている。人の声のような、動物のような、波のような、海鳴りのような、不気味な音が鳴っている。ベッドルームの二人は、それを気にしながらも、二人の会話をしんしんと続けている。

Exhibition 'Breaking the Relatiton'

2.8.2020-2.16.2020, at Kitasenju BUoY

in Event 'Katachi'

moderation: Daisuke Kishii

install support: Tomoyuki Eguchi, Kotomi Taniguchi, Mai Nunoya, Shuntaro Yoshino

archive photo and video: Okujoh

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