Blind

2021, installation

sound: Kiyosu Yonesuku

地下へ階段を降り、ギャラリーの出入り扉を開ける。扉の採光窓を遮るように掛かっているブラインドが揺れる。照明はないので、閉めるとだいぶ暗い。非常灯だけが狭い室内を暗く照らしている。

中には誰もおらず、正面は壁。右手の壁際に二つ台があり、手前には芳名帳、奥には監視カメラとプライスリストがある。左側に短い廊下が続いていて、その突き当りに、またドアがある。

ドアを奥に開くと、暗闇。何も見えない。

部屋の広さもわからないほどの暗闇に、うっすらと音が聞こえる。サイレンのような音、揺れる笑い声、赤ん坊のような叫び、ひきずるような足音、かぼそい高い音。しばらく聞いていても目が慣れることもなく、何も見えない。

おそるおそる、足元に気をつけて、壁を手で追いながら、壁際を進んでいく。何かにぶつかったらと思い、歩みは速くならない。進んださきに、冷たい感触のものが触れる。ガラスのような触感。

ガラスを越えるとまた壁があり、さらに進んでいけば角にぶつかる。直角に曲がり、また進んでいくと、また同じように中途でガラスのような触感を経て、二つ目の角にぶつかる。三つ目の角へも同じように進み、さらに進めば、四角形の四辺を通ってもとの角に戻ってきたことになる。ドアノブがある。

(もしくは)暗闇にしびれを切らして、持っていたスマートフォンのライトを点ける。長方形の部屋。部屋の角すべてに文字が、そして辺すべての中央に細長い鏡が見つかる。

まず鏡は、すべて同じ大きさ・形をしている。姿見のように縦に細長く、幅は肩幅より狭く、高さはドアと同じだ。暗闇で触れたガラスのような触感はこれだったようだ。四辺の中央にあるため、2枚ずつ直交した合わせ鏡になっている。

次に、角にある言葉。ひとつの角に、その両側の壁面それぞれ、パラグラフがある。大きめの数字がまず上にあって、その下に縦書きに日本語が何行か。数字がドアの高さくらいの位置にあるので、すこし見上げる。

そのとき目の前にあった数字は、6と1だった。向かって左が6、右が1。6のさらに左には扉。ここから入ってきたのだ。

1

大丈夫ですか。凍えるほど寒い。
眠るとまずい。いますかみなさん。
(首肯)(首肯)(首肯)
見えません暗くて。

6

(ひどく長い間)

ある角にいてライトを持っていると、対角にある文字は、数字がぎりぎりその暗さで見えるくらいの大きさだ。その下にある文字は近づかないと読めない。

1の次に2を探すが、すぐ隣の角にはない。6の隣に1があるのだから、順繰りに並んでいるわけではないだろう。2は対角にある。部屋を斜めに横切って向かう。部屋の中央を通るとき、必然的に、二組の合わせ鏡の軸線が交わる点を通る。同時に4面、自分が映りこんでいて、鏡の奥の床も、ライトで照らされている。

もちろん、4面を同時に見ることはできないから、いま背中を向けている側の鏡にも、自分は映っているはずだ。

左に2、右に5。

2

眠るとまずい。角に、ほらそれぞれ。
(4人、壁を伝う。ひとりは長身)
ひとかどにひとり。(首肯)

5((繰り返し、死ぬまで。)……)を横目に、3を探す。こんどは対角ではなく、右手側の角にある。2が記されているところの、真向かいにあたる。

壁を伝うので、鏡のすぐ前を通る。もちろんそのとき、対面の鏡にも映っている。

角には、左に8、右に3。

3

壁伝いに次へ進んで、指先でさわる。
さわられたひとりがまた進んで、
さわった方は座って、眠る。

4はまた対角にある。また中央を通る。鏡。左に4、右に7。

4

次でまたさわって、進んで、眠る。
そうそうそう。(首肯)

5はさきほど2の隣にあったところだ。これで初めて、ひとつの角を再訪することになる。今度は壁伝いに、4の正面にある5へ移動する。対角線、辺、対角線、辺の順に、この部屋の四隅をまわっている。

5

(繰り返し、死ぬまで)
死なないように。
これで誰かひとりは起きているはずです。

6へ。初めにいた角だ。対角線を横切る。1から2へ進んだときと逆向きだ。

6

(ひどく長い間)

この部屋に入ってきたとき通った扉がある。

7は、扉を横目に、また正面、辺を伝った先にある。

7

あれ、指、離してください。次に進むので。
さっきと同じように、離して、そこで別れて。
従いてこないで。そこにいなくなるので。
聞いていますか。――いる? いない?

8はまた対角だ。

8

それきり眠れない。
いる――いられる――
いない――いられない――
(溶暗。点灯。溶暗。繰り返し)

8の向かい、辺を伝った先は、1に戻る。

あと何周かしたかもしれないし、それからは自由に部屋のなかを、合わせ鏡を横切りながら進んだかもしれない。ライトを消してまた暗闇にしたかもしれないし、点けっぱなしだったかもしれない。点けたり消したりしたかもしれない。周っているあいだもそうしたかもしれない。そもそもライトを一度も点けず、暗闇だけだったかもしれない。暗闇のなかに、扉からかすかに漏れる明かりを見たかもしれない。あまりに長く居れば目はわずかにも慣れたかもしれない。

終始ひとりきりだったかもしれない。誰かが後から入ってきたかもしれない。もしくは、入ったときすでに先客がいたかもしれない。いっとき部屋には多く人がいたかもしれない。もともと誰かと一緒だったかもしれない。

音は終始聞こえていたかもしれないし、しばらく止んでいたかもしれない。止んでから聞こえだしたかもしれないし、外路の音や、建物の音だったかもしれない。部屋を回っているあいだ、音源ははっきりと定まらず、つねに、ひとつ左回り側にずれた鏡のほうから、聞こえるように感じた。そこに行けばまた次にずれる。

出ようと扉を開けると、廊下の薄明かりがさしこみ、「1」の文章を暗く照らす。

1から8までたどり巡回する一連の動きは、サミュエル・ベケットのテレビ用戯曲『クワッド(Quad)』にもとづいている。

Exhibition 'Blind'

2.13.2021-3.14.2021, at TALION GALLERY

install support: Tomoyuki Eguchi, Rioha Nishimura, Mai Nunoya, Shuntaro Yoshino, Sae Yuda

flyer design: neucitora

archive photo and video: Okujoh